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IDEC VOICE IDEC:International Development and Cooperation Professor interview 大学院国際協力研究科 教授インタビュー

研究概要と対象地域

先生の専門は生態学である。生態学とは、生物同士、また生物と環境との関係を究明する学問である。保坂先生の扱う生態学には、こうした基礎生態学にとどまらず、我々人間も1つのアクターとして捉えた、人間の社会活動と生態系の相互作用といった内容も含まれている。

昆虫だけでなく、文化・社会や環境問題にも関心のあった背景から農学部に進学。そこで熱帯林環境学研究室に入り、修士号と博士号を取得した。熱帯林に関する研究室への入室を決めたのは、「生息する昆虫の面白さや珍しさに惹かれて」と先生は微笑んだ。

修士課程時代のほとんどをマレーシアで過ごしたという先生。「当時の指導教官に『現地の人と同じものを食べ、同じ言葉を話しなさい。それが生態系の理解にもつながります』と言われ、毎日村のサッカーにも参加していました。」

専門領域:生態学・昆虫学

熱帯雨林における生物の謎にせまる

先生の大学院時代の研究は基礎生態学の分野であった。テーマは熱帯雨林の植物と昆虫の相互作用について。マレーシアの熱帯雨林には普段花や実が非常に少ないという。そう説明すると先生は1つの昆虫サンプルを見せてくれた。長い口を特徴とするゾウムシという虫だった。

ゾウムシは、植物の種子に寄生して繁栄する。しかしそうなると植物は子孫を残せなくなってしまう。ここで、種子がないと生きていけないゾウムシと子孫を残したい植物との間でせめぎあいが生じる。マレーシアの森では4.5年に一度木々が一斉に花や実をつけるという。これは一斉開花と呼ばれる現象で、植物が虫などの種子食害を避ける手段なのではないかと考えられている。では一方で昆虫側が生き延びている術は何なのか。
先生は現在もこの研究を続けている。

人と生物多様性の共存

「生態系の保全を考えるうえでは、基礎的な生態学だけでなく、社会や経済的な要因などの理解も必要とされてきます。両方の理解がなければ、例えば熱帯雨林を守るということも実現できません」と複合的な理解の必要性を語ってくださった。

大学院卒業後に着任した首都大学東京では、都市における人と生物多様性の共存に関する研究を行った。先生の最近の研究テーマにもなっている。

「生物多様性は都市計画でも一つのキーワードになっています。しかし、周りを見回すと、虫が怖い、生き物は苦手という人が結構多いことに気づきました。どのような要因が人の生物に対する認識や態度に影響するのかを理解することは、人と生物多様性の共存を考える上で重要なテーマです。」

生物多様性の負の側面に対する理解も重要だという。生物多様性には鳥や蝶のように人間に好まれやすいものだけでなく、害虫や害獣も含まれる。農村では獣害による農作物被害といった形で実際に我々の社会生活に現れている。これは、Human wildlife conflict(人間と野生生物との軋轢)と呼ばれ、WWF(World Wide Fund for Nature)などの国際的な環境保全団体でも取り合あげられている問題だ。

「日本の都市部でも近年スズメバチに関する苦情などが増えており、緑地を増やせばさらに増えるかもしれません。生物多様性保全と害虫・害獣管理はこれまで別々の文脈で語られてきました。しかし、実は表裏一体であり、都市計画の中でも生物多様性の正負両面を考慮することが必要だと考えます」

都市での野生生物との軋轢の背景として、人々の野生生物に対する受容性の低下が一因として考えられると先生は指摘する。では野生生物の受容性の低下はどのようにして起こるのか。先生の行った首都圏のアンケート調査によると、子供の頃にどれだけ自然と関わる経験があったかが主な原因だったという。「子供の頃に自然と触れあう経験を増やすことは、人と生物多様性が共存する社会を実現する上での1つの鍵だと考えます。」

人々の野生生物に対する認識に関わる研究は、日本だけでなく、マレーシアやシンガポールといった東南アジアでも進められている。人と野生生物の適度な距離を保つための方法論が今世界で模索されている。

生物多様性保全の追求 価値観の異なる人へどう発信するか

最後に生物多様性保全がなぜ大事なのか、先生に尋ねてみた。

「人間は生物多様性のもたらす物質的・非物質的なサービス(生態系サービス)に依存して生活しており、人間の生存にとって生物多様性が欠かせないのは明らかです。さらに、『生物多様性そのものにかけがえのない価値がある』ことも大事だと思います。生物多様性は38億年の生命進化の産物であり、一度失うと同じ種は二度と取り戻せません。歴史遺産や美術品のような価値があるのです。」将来世代のためにできるだけ残すべきだという価値観が保全への思いにつながっているという。しかし、開発を進める上では保全だけをうたうことは難しい。では価値観の異なる人たちにどう理解を図るのか。

「現実世界では、ある程度のバランス感覚が必要でしょう。ただ、開発と保全の二項対立ではなく、開発と保全を同時に達成できる方法を模索するようなスタンスが大事だと思います。自然資源を活かした観光やレクレーションはそのような例の一つです。」

人を対象にする以上、生態学の部分だけでは開発と保全というテーマを扱うことは難しい。
だからこそ複合的な理解が大事になってくる。担当する生態系保全・管理科学の授業では生態系保全の現実部分を取り上げている。

今後の研究について、高い生物多様性に恵まれながら自発的な保全活動が起こりにくい途上国の現状について説明してくださった。途上国の人達の自国の生物多様性に対する意識を高めるためにはどうすべきなのか。この点をこれからのテーマにしたいと先生は抱負を語ってくださった。

学生への思い

「一般論を受け入れるのでなく、なぜそうなのかといことを自分の頭でしっかりと考えられる人であってほしいですね。」先生の願う学生像は学問に対する姿勢そのものであった。同時に、国内の基準にとらわれず、国際経験などを積み、興味や価値観を広げていってほしいとも語ってくださった。そういった面でIDECの環境はとても恵まれていると先生は言う。

「海外にいく機会もありますし、たとえいけなくても世界中から集まった学生たちと日本に居ながらにして交流を共にすることができる。生活を共にすることで新たな視点を得ることができると考えます。」最後に、これから学ぶ学生に対しては、「好奇心を持ってきてほしいですね。自分のテーマに関しては指導教官より詳しいくらいになってほしいです。海外に出ていく意欲のある学生とぜひ一緒に学びたいと思っています。」と笑顔だった。

保坂 哲朗 准教授

ホサカ テツロウ

開発技術コース 准教授

2010年5月~2010年6月 京都大学人間・環境学研究科 研究員
2010年7月~2012年3月 広島大学総合科学研究科 研究員
2012年4月~2014年3月 首都大学東京都市環境科学研究科 特任助教
2014年4月~ 2017年12月 首都大学東京都市環境科学研究科 特任准教授
2018年1月~ 広島大学大学院国際協力研究科 准教授