研究の概要と対象地域
久保田先生の専門は「建築都市環境工学」。建築物における環境や物理的性状を取り扱う。なかでも中心となる「東南アジアの住宅の省エネルギーに関する研究」については、建築レベル・都市レベル・意識レベルの三本柱で、それぞれマレーシア・ベトナム・カンボジア等を対象に行っている。 先生とアジアとの出会いは、大学3年の時のインドへの貧乏旅行。バイト仲間と出かけたインドでいたく感動し、アジアで働きたいと考えるようになったという。その後、マレーシア留学を希望するもなかなか実現せず、2年の辛抱ののちにポスドクとして国立マレーシア工科大学に着任。以来、マレーシアで計6年間の研究生活を経験した。
専門領域: 建築都市環境工学 / Building and Urban Environmental Science
建築レベルでの省エネ/パッシブクーリング
2015年完成予定の“省エネ実験住宅”は2階建てのテラスハウス。快適性がいかに実証できるか期待が高まる。将来は大学の教育や人材育成の場として役立てられる計画だ
「パッシブクーリング」は自然のエネルギーを使って室内を快適にする設計手法である。夏の蒸し暑さを軽減し、冷房負荷を抑制することは、とりわけ熱帯に属する東南アジアにとって必要性が高い。
久保田先生がこのパッシブクーリングを適用しようとしているのはマレーシアだ。「マレーシアでは現在、全体の9割近くを占める中間層の多くがレンガ造りのテラスハウスに暮らしています。レンガの家は特に夜の室温が高くなるので、冷房に頼らざるを得ない。そのため、冷房によるエネルギー消費が大きいことが問題になっているんです」と先生。
先生はこれまで10年余り現地調査を続け、マレーシアの生活実態に潜むさまざまな問題点をあぶり出してきた。そのひとつが、窓の開閉のタイミングである。「現地の人たちは窓を昼開けて夜閉めるんですが、これはむしろ逆効果。夜に窓を開けて躯体を冷やす『夜間換気』が有効で、特に大きな効果が期待できます」。さらに、テラスハウスには断熱材がほとんど使われていないことも判明したという。
「いかにして夜間の冷房使用を抑えるか」という問題の解決策として、先生が提案するのは、「既存住宅の省エネ改修」である。
「まもなく、マレーシア工科大学のキャンパス内に、“省エネ実験住宅”を建設します。レンガのテラスハウスを再現したものに、断熱材を入れるといった改修策を施し、『夜間換気』行うことで、夜は冷房なしでも快適になるはず」と自信を込める。ポイントは安価で効率的な方法で行うということ。広く現地住民への普及を図るためだ。
今後は、この実験住宅の成果を基に、“マレーシアにはまだない省エネ基準を作成して政府に提案すること”を目標としているという。
都市レベルでの省エネ/ヒートアイランド対策
ジョホールバール郊外の住宅地。北緯約2度でとにかく蒸し暑い。テラスハウス形式のこうした住宅を現地では“Link House”とも表現する。
空調普及率は約6割。日射を遮るために窓にはスモークガラスが使われている
先生は、パッシブクーリング研究の一方で、都市全体を涼しくするヒートアイランド対策についても研究を進めている。
きっかけは、マレーシアでの実測結果。都心では夜も29℃と高温のままで、夜間換気も効果が危ぶまれるほどであるという。
こうした研究は、マレーシアのほか、ベトナムの首都ハノイでも学生と一緒に行われている。
ハノイは近隣地域との合併によって人口が急激に増加。2011年に打ち出された『ハノイマスタープラン』によれば、600万の人口を、2030年までに900万に、2050年までに1000万以上に増やしていくことがさらに計画されているという。「このまま街づくりを進めていけば、間違いなく今以上に冷房消費が大きくなり、ヒートアイランド現象も悪化していきます。ハノイは原子力発電を導入するという話もあるほど、エネルギー不足も深刻なので、これはなんとかしなければいけません」と久保田先生。
マスタープランづくりは、最も効率的なヒートアイランド抑制策のひとつであることから、先生もここに焦点を絞り、マスタープランの改訂時に、提案を盛り込んでもらうことを目指している。
まずは、ハノイにおけるヒートアイランドが今後どれくらい深刻化するのかをシミュレーションによって明らかにし、有効な対策について提案する計画だ。
「抑制策の中心は水と緑といった自然を街づくりに採り入れること。例えば、グリーンベルトやグリーンバッファーといった緑地計画も、チェッカーフラッグ状に分散して配置した方がヒートアイランドの抑制になるといったような提案をしようとしています」。
研究のための研究ではなく、実際に現地の暮らしに役立ててもらえる研究であるというのが特色である。
住民意識での省エネ/子どもへの環境教育
2012年にはカンボジアの首都プノンペンの小学校でパックテスト(水質調査)を野外学習という形式で実施。初めての体験に子どもたちは大いに沸き、定期的な調査がその後も継続された
さらなる省エネ研究は「環境教育」である。これはまだ緒に就いたばかりという若い研究だが、これまでに2回、現地で実施されている。
初回はマレーシアの小学校で高学年を対象に気温実測をするワークショップを、次にカンボジアのプノンペンの小学校で水質調査を定期的に行うという野外学習を実施。初回の成功を受けて、カンボジアでは現地の先生と合同での実施となった。
「実際に計測することで子どもたちが緑の大切さを理解するという効果や、数字になって初めて気付くというところが結構大きいんです」と久保田先生。
特にカンボジアの場合は、リスクや時間、費用がネックとなり、野外活動自体がこれまで行われてこなかったという。教員自体も不足する中で実施された野外活動は、まさにパイロット的なものという位置づけだ。
「向こうにとって新しいことを持ちかけて炊きつけるというようなことを僕たちがやって、『よく分からないけどおもしろそう、やってみよう』という風に、小さな火から徐々に広まっていくのが理想です。いずれは正式なカリキュラムの一部に定着できればいいなと思いますね」。
こうした草の根的な活動は、実は環境改善のための最も効果的な方法のひとつなのである。
先生はまた、この研究には省エネだけでなく、「平和への貢献」といった意義も感じていると話す。「環境と教育というのはリンクしますし、ひいては平和につながっていく。そんな思いを抱きながら、今後も続けていこうと計画しています」。
「富裕層ではなく、一般住民に役立つことを研究していきたい」と話す久保田先生は、現場で直に話を聞いたり、実態を現地に張り付いて見るということを研究のモットーとしているそうだ。
「貧しくとも絶えることのない明るさや優しさ。アジアの人々のそうした姿に触れた経験が根っこにあります。
そして都市環境の改善には住民の意識の向上が不可欠であり、まずはひとりの人間から理解を得ていくということが重要だという思いから、マレーシアに腰を据えて研究を続けてきました。
そのうちに、解決すべき問題を抱えた都市は東南アジアに数多くあることに気づいて、ベトナムやインドネシア、タイ、カンボジアなどに研究対象を増やしてきた訳です」。
いずれは研究成果を東南アジアとして体系的にまとめていきたいと語る久保田先生。
「環境工学の分野で100%国際協力として研究をやっているのは、日本ではおそらくうちの研究室だけ。建築の環境分野で、アジアのセンターになれればうれしい」と微笑んだ。
久保田 徹 准教授
クボタ テツ
開発技術コース アジア建築都市環境研究室 准教授
2003年4月1日~2004年2月28日 マレーシア工科大学 建設環境学部・ポスドク研究員
2004年2月28日~2006年2月28日 日本学術振興会 海外特別研究員(マレーシア工科大学 建設環境学部)
2005年12月1日~2007年12月1日 マレーシア工科大学 建設環境学部 都市地域計画学科・講師
2007年12月1日~2009年3月31日 マレーシア工科大学 建設環境学部 都市地域計画学科・上級講師
2009年4月1日~ 広島大学 大学院国際協力研究科 開発技術講座・准教授