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IDEC VOICE IDEC:International Development and Cooperation Professor interview 大学院国際協力研究科 教授インタビュー

Cultural and Regional Studies Course A Bilingual Laboratory of Cultural Anthropology and Southeast Asian Studies SEKI Koki Associate Professor 主な研究 東南アジアにおけるグローバル化と社会開発の文化人類学

「現地のコミュニティの人と信頼関係をつくるのが第一。気の長い作業だが、そこに意義がある」 文化コース 文化人類学・東南アジア地域研究研究室 関 恒樹 准教授

    CONTENTS

  • 開発プロジェクトによる市民生活の変化
  • 貧困層地区におけるコミュニティ開発
  • グローバル化と
マイグレーション

研究の概要と対象地域

関先生の専門は「文化人類学」。特に、途上国における社会開発や社会政策をグローバリゼーションの影響に注目しつつ研究している。社会開発とは、道路やダムなどのインフラ整備や、新たな技術やシステムの移転を目的とするものではなく、むしろ対象国の固有の社会制度や文化との対話に基づく開発の実践である。具体的には、貧困削減やジェンダーに起因する諸問題への対処、災害への脆弱性の緩和、文化的に培われたレジリエンス(耐久力、復興力)への注目などに焦点があてられる。
対象地域の中心はフィリピンである。先生とフィリピンとの出合いは学生時代に遡る。80年代末に初めて訪問し、90年代前半からスタートしたフィールドワークは現在も継続中だ。「長期間のフィールドワークによって調べていくというのが文化人類学の手法ですから、どうしてもひとつの国や地域に長く関わるようになります」と関先生。「フィリピンは日本と共通する部分を持ちつつも、非常に対照的。現代世界が抱える様々な問題に対しても多くの示唆を与えてくれる、実に興味深い国だと思います」。

専門領域: 文化人類学 Cultural Anthropology

開発プロジェクトによる市民生活の変化

マニラ首都圏マリキナ市の調査地

途上国にはODA(政府開発援助)をはじめとしたさまざまな開発プロジェクトが導入される。関先生の中心的な研究は、途上国のコミュニティがそうした開発プロジェクトによってどう変化しているかを調べていくというものだ。

その特徴について先生は、「地域社会を理解するというのが大前提。地域社会という、すでにそこにあるものをまず分析して理解するという研究です。研究結果が間接的によりよい開発の在り方などに結びつくことはありますが、安易な改善策を提言するものではありません」と語る。

そもそも文化人類学とは、異文化理解の理論を研究する学問であることから、評価や応用といったことを目指してはいない。そのため、先生の研究も、開発プロジェクトや政策等を評価するものではなく、何らかの政策提言等を主な目的とするものでもないという。

「特に私の場合は、『変化』といった側面に注目しています。開発というのは、異なる文化やシステムが出会う場であると言えますから、開発をきっかけにして、家族や共同体に様々な摩擦軋轢、葛藤、ジレンマが生じていく訳ですね。人々の生活様式やスタイル、アイデンティティー、考え方などがどう変化しているのかを、現地調査に基づいて調べていきます」。

現地調査は現地の生活に入り込んで行われる。向こうのことばを話し、同じものを食べ、長期間、生活を共にしながら続けていくものだ。

「そこの言語や食生活に始まって、家族関係や社会関係の在り方、どういったメカニズムで親族集団ができるのか、あるいは考え方や宗教など、さまざまなデータを収集していきます。個人個人にインタビューしていくなかで、過去の生活についても語ってもらう。個人の語りから掘り起こしていくという、非常に手間のかかる作業を行う必要があります」。

貧困層地区におけるコミュニティ開発

パラワン州の調査地

さらに先生は、都市のスラム地域、特にフィリピンの首都・マニラにおける、貧困削減や生活向上を目的とした各種プロジェクトに関する研究も行っている。

先生の調査研究によれば、マニラの貧困層地区では、コミュニティの創出を目的として、スラム住民のエンパワーメントと自助努力を促す社会開発が実施されている。しかし一方で住民間には、むしろ相互不信や反目の増大、特定の住民たちの包摂と、排除・周辺化される人々の顕在化という状況があるとのこと。社会開発のプロセスを、コミュニティの日常世界に浸透するミクロな権力作用に注目しつつ、住民の統治という側面から論じる研究は、非常にユニークなものだ。

「フィリピンという国は、欧米社会とも日本とも異なる、大変ユニークな歴史的経過をたどってきた国なんですよ」と先生。

フィリピンは国がきちんとできる前に植民地化されてしまい、第二次世界大戦でも大きな被害を受けた。戦後、独立していくなかで国というものを作らざるを得なかったために、どうしても国づくりがいびつになり、貧困をはじめとしたさまざまな問題を抱えるようになったのだという。

先生によれば、「フィリピンの事例が、日本の社会あるいは欧米などの先進国にとってどういう意味を持っているのかということを考えていくことが重要」とのこと。

例えば、少子高齢化が進み、家族という枠組みが弱くなってきた日本に対して、人口は増え続け、家族親族の結びつきが非常に強いフィリピン。
「特にフィリピンには、日本が失いつつある家族やコミュニティの絆というものが今も強くあるんですね。フィリピンをはじめとした途上国と言われるアジアやアフリカの国々は、日本が抱えている問題に対する解決の糸口を与えてくれる地域ではないかという気がします」。

グローバル化とマイグレーション

カリフォルニア州サンノゼ在住のフィリピン系移民の人々

もうひとつ、フィリピンで行われている研究がある。それは、「グローバリゼーションと人の移動」という問題に関するものだ。

国内での雇用が限られているため、海外への出稼ぎや移民が多いことで知られるフィリピン。1~2年単位での出稼ぎや移民といった形での海外への移動、すなわち「労働力輸出」が、どういう背景で生じ、海外で生活している人たちは移住先の異なる文化にどのように適応していくのかといったあたりを中心に、現在調査を進めているところだという。

「フィリピンからの海外出稼ぎ・移住は、国内雇用の不足という送り出し側の状況のみでなく、受け入れ側の先進諸国の状況、特に福祉国家体制が衰退し、国家による社会保障が細り、医療や介護人材、あるいは家事労働を担う人々が求められているという現状が、大きく影響しています。近年では日本においても、フィリピンからの介護福祉士の受け入れが少しずつなされていますが、欧米や東アジアの先進国、新興国においてこれらのいわば「感情労働」に基づくケア・ワークを担う外国人労働者として、多くのフィリピン人が就労しています。つまり、フィリピンからの人の移動に注目することは、途上国の問題のみならず、先進国のポスト福祉国家が抱える様々な社会的困難に注目することでもあるのです」。

なかでも特に最近では、アメリカ西海岸におけるフィリピン系移民の子どもたちに関する調査を行っている。移民の子ども達を取り巻く学校システムや海外における家族関係の在り方、他集団との関係などについて、詳細な聞き取り調査などを行っているという。

これらの研究を通して、国家や国民といった近代社会が前提としてきた枠組みが弱まりつつある一方、複数の国家をまたぐトランスナショナルな社会的空間がどのように形成され、その中で新たな共同性や公共圏がどのように生み出されるのかを明らかにしようと試みている。このような研究は、多文化共生社会への移行が求められる日本社会にとっても多くの示唆を持つものであると思われる。

以上のように、関先生の研究は、文化人類学と地域研究という立場から、ひとつの国に焦点を絞り、その地域を取り巻くさまざまな要素をトータルに見ていく、というスタイルで行われている。こうした研究には、ことばはもとより、歴史や社会的な状況などを詳しく知る必要があるため、なかなかいろいろな国や地域に対象を広げていくのは難しいのだと先生は言う。

「文化人類学というのは、そもそも文献などの資料がないような異文化の地域に出かけて行って、自分自身で資料を収集していく学問。それが一番の特色でもあり、面白みでもあります」。

また、研究に際して必要となるのは、英語とともに、研究対象となる地域のことばを習得すること。さらに、現地で当該のコミュニティの人々との信頼関係づくりに努めることとのこと。

最後に、研究の醍醐味を尋ねると、「既存の文献や理論に対して、自分で見聞きしたこと、観察したことをベースに、自分なりの視点で、自分なりの見解を打ち出していくことができること」。と明言した。

研究室の院生たちとともに

関 恒樹 准教授

セキ コウキ

文化コース 文化人類学・東南アジア地域研究研究室 准教授

1997年4月~ 立教大学大学院 文学研究科 地理学専攻 博士課程後期
1998年10月~ アテネオ·デ·マニラ大学 フィリピン文化研究所客員研究員
2001年4月~ 日本学術振興会 特別研究員
2002年4月~ 広島大学 大学院国際協力研究科 助手
2007年4月~ 広島大学 大学院国際協力研究科 教育文化講座・助教
2010年4月~ 広島大学 大学院国際協力研究科 教育文化講座・准教授