研究の概要と対象地域
山根先生は、「国際関係論」を専門とし、平和と安全保障、武力紛争、平和構築と人間の安全保障、グローバル・ガバナンスなどをテーマに、グローバル社会における諸課題に取り組んでいる。国際関係論は、国際社会における政治状況を探る学問で、一般に、政治学の一部に位置づけられる。先生曰く、「なぜ戦争が起きるのかといった問題意識から生まれた学問」とのこと。理論研究をベースとしているが、これまでの主な研究対象地域は、アジアではカンボジア、スリランカなど、アフリカではリベリアやシエラレオネなどの紛争後地域。紛争が終わった地域に出向き、どのような状態にあるのかをできるだけ自分の目で見ることで、理論と実証をつなげようとしている。
専門領域: 国際関係論 International Relations
紛争と平和を考える
普段は所属する独立研究科(同系列に位置づけられる学部組織を持たない大学院)で専門を学ぶ学生を対象に教えている山根先生は、学部でも一部の教養科目などを兼務している。
広島大学では平成23年度から、学部新入生は「平和科目」が必修となり、先生も学部生を対象とした「国際紛争論ー人間の視点から」という講義を担当している。
学部の新入生を対象に教えている中で感じるのは、世界の武力紛争に関心を向ける学生の数があまりに少ないことだ。多くの学生たちにとって紛争とは、どこか「別世界」の話として受け止められる傾向に見受けられ、そこに先生の担当必修科目の意義と課題が交錯しているようだ。
一方で、先生が所属する大学院の学生は、様々な国から集まった留学生も多いためか、コースを問わず、世界で起きている武力紛争についての問題意識が格段に高いという。その国際協力研究科は、文理融合型の大学院という特徴から、大学院生が専門の垣根を越えて交流しやすい環境があるという。
先生は、さらなる専門力を養成する大学院はもちろんのこと、学部でも同様の課題について、理系・文系を問わず多様なバックグラウンドを持つ学生たちと共有できればと思っている。
先生の研究は、国際紛争の現代的な性格をその歴史的背景から解き明かすことだ。主なテーマは、統治能力が脆弱な国家における内戦の問題、紛争後平和構築の実践の背景にある思想的理念の探求、アフリカにおける多様な安全保障主体によるセキュリティ・ガバナンスの動態、さらには新しいテーマとして、(武器ではなく)人の「軍縮」など、幅広い。
「冷戦終結後の現代世界は、内戦や地域紛争が多発する時代で、そうした地域的な紛争が国際社会全体の平和にとっても大きな課題になっています。イラクとかアフガニスタン、アフリカでも多くの国で暴力的紛争が起きていますよね。そういう情報は日本にも届いているのだけれども、他のことで多忙ということもあるのかもしれませんが、どこか他人事というのが大方の感覚なのかもしれません。」と山根先生。しかし実際には、他人事として看過できない現状がある。
「局地的な紛争であっても、世界の秩序に不安定さをもたらす、安定を揺るがすような事例がいくつかでているのです。」。
そのため、そうした局地的な事例が国際の平和と安全にどういう影響を及ぼしているかといったことも研究しているとのこと。
例えば、西アフリカの場合。リベリアやシエラレオネなどでは内戦終結から10数年経つが、最近ではマリで内戦が起こり、ナイジェリアではテロが横行するなど、いまだに西アフリカ全体として脆弱な状態であるとのこと。
「内戦終結後に2度目の大統領選挙を経験したリベリアでは2014年の現在も国連PKOが展開したままですし、マリでは旧宗主国であるフランスが軍事介入することでひとまず紛争解決が実現した。ナイジェリアで頻発するテロについても、国際社会は犠牲者の拡大とともに、地域秩序の混乱が国際秩序に与える影響について懸念しています。ガバナンス(統治能力)が十分でない地域で、どうやって国づくりを進めていくか、どうやって地域秩序を高めていくかということは、現代の国際社会にとっても非常に大きな課題になっていますね。」。
紛争構造がどういった形なのか。地域紛争や内戦が国際秩序にどのような影響を与えるのか。紛争が終わり、和平合意が当事者間で結ばれた後に始まる国づくりはどのように進められるのか。
山根先生の「平和と紛争研究」研究室での学問的探求は、現代の国際協力のあり方を問う意味でも重要な取り組みと言えるだろう。
研究の特徴とその原点。共感力の必要性
「国際関係論というのは、本来的に、国家と国家の間の外交関係を考える学問で、『戦争と国家』についての問題設定があるわけですが、その背景には『戦争と人間』という課題が存在します。私も平和と戦争の問題を考えるとき、自然と人間に目がいきます。」と先生は言う。
それはどういうことか、さらに詳しく尋ねてみた。
「戦争って“理不尽”だと思うんです。誰も戦争なんてしたくないのに、いまだに続いている。人間一人ひとりの命は大切だと言いながら、ひと度戦争が起きれば、人間の命はすごく軽んじられてしまう。『人間はなぜこういう理不尽な戦争に巻き込まれなければいけないのか』、そういう思いが自然と『人間に目がいく』ということに繋がっていくのかもしれません。」。先生がそう語りだしたところで、その原点についてどのような体験があったのか、探ってみた。
「4~5歳の時に、姉が持っていた美術史の本で、18世紀から19世紀にかけての画家ゴヤの『わが子を食らうサトゥルヌス』という絵を見たんですね。これは、そのタイトル通り、大男が子どもを食べている絵で、随分ショッキングでした」。
その絵が制作された背景などをお姉さんから聞いた先生は、(話の内容はよくは理解できなかったけれども)こんな恐ろしいことが世の中に起こるのかという怖れを感じたという。さらに、子どものころ、過去の世界大戦で人々が殺される様子をテレビなどで見聞きしたことも、前述の絵とともに、心象風景として残っており、理不尽さや不本意さに関心が向くのはこのためではないかと感じているという。
その後、先生は、大学生になってから、語学のほか、社会科学、とくに国際関係論や国際法に関心を抱くようになり、学問の道に進んだ。
「そんなところから私はいまの研究に向かっていくわけです。国際関係論や国際法に関する理論と歴史、そしてその実践について、学生時代は様々な分野の先生方から多くを学びました。研究者になり、また同時に大学で教鞭をとるようにもなったのですが、教えるのは本当に難しいことだと思いました。当初はテキストに書かれていることをわかりやすく順を追って説明することに終始していたのですが、これが本当に学生に伝わるかどうかはまた別問題でした。特別な専門に興味ある学生は、へんな話ですが放っておいても自分で勉強して、新しい学びを発見していくんです。ただ残念なことに、それ以外の学生にとっては、こちらがやれ「専門」だから覚えろと言っても、自分の学びとして受け入れる態勢になっていないわけですから、無理なんです。」。
学生の自発的な学びを促すようにするにはどうしたらよいのか、平和と戦争の問題に関心をもってもらうにはどのような講義を展開したらよいのか、山根先生の教育に対するマインドにも変化が訪れる。
「一番のきっかけといえば、そうですね、あるとき理系学生に対して『戦争と平和』の課題を考えてもらうという企画をしたことがありまして、そのとき、自分が追求している学問がいかに狭いもので、専門外の人に伝えるのがいかに困難かということを痛感したわけです。そこで、今では授業ではまず、前提を変えてみて、できるだけ共感できる内容を目指しています。」と先生。
「共感とは、同じように感じるということ。新聞の国際面で見た遠い外国の内戦の話を、どれだけ自分の国のことと同じように感じられるか。瞬間でもいいから、そんな風に感じることが大切なんです。」。
先生の教育手法は、アクティブ・ラーニングを積極的に取り入れ、座学のみのスタイルからディスカッションやロールプレイングを取り入れたインタラクティブなスタイルへと変化をしてきているそうだ。
「授業では、相手に分かりやすく話したり、相手の話をよく聞くスタイルへ変化してきている。基本的なコミュニケーション能力を高めていくことを狙っています。」。
先生はこうした演習を通して、紛争や平和に関する問題への共感力の養成もめざしている。
あきらめない心とトランスファブルスキル
さらに、学生に期待するのは、「あきらめない心を持つこと」と先生は言う。
世の中にはうまくいかないことの方が多い。発展途上国や紛争地域もまた、思うようにはいかないことばかりだ。
「病院がない、学校がない、それどころか住む場所もなく、警察をはじめとした公共機関も機能していない。暴力の蔓延によって自分や家族の命がつねに危険にさらされていて、人間の安全保障が脅かされている。そういった状況下にいる人たちが、世界にはたくさんいるわけです。」。
そして、反面、そうした国や地域を研究対象にしている以上は、自分の研究がどれだけ世の中の役に立っているのか、自問し、自信を失いかけることは当然ありうる。
「その中で必要なのは、問題解決に向けて関わっていく意志の強さを持つということ。そうでなければ、研究をやっていく意味がないと私は思います」。と山根先生。
もうひとつ、先生が学生に身に付けて欲しいと思うのは、「トランスファブルスキル」である。
トランスファブルスキルとは、自分の専門について、まったく専門外の人に分かりやすく説明したり、相手を説得できる能力のこと。欧米の大学では近年、この能力の習得に向けた指導が熱心に行われているという。
「例えば、研究費を調達するにも、自分の研究がどれくらい世の中に役立つのかということが一般の人に理解されなければいけない。また、最近では研究者になるのも狭き門ですから、大学院修了後には広く社会で活躍できる人材になる必要があると言われていますね。トランスファブルスキルは、それに向けてより強化していくべき能力のひとつでもあるんです。」。
この能力は、国際関係の研究を推進していく上でも大いに役立つものであることから、先生の教育面の柱にも位置づけられている。
最後に、IDECの魅力について。
「IDECはマジョリティが留学生という日本でも稀な研究科。他大学の国際系の学部・研究科はどこも日本人の方が多いですからね。そして、大学院という場は細かい専門ごとに縦割りになりがちで、大学院生がよくも悪くも均質性の高い環境で育ってしまう。IDECはそうした特性から、”異質なものにきづく場”になっていると思います。専門をはじめとした多様性を尊重し、入学してくる学生にはそうした場をうまく活かして互いに切磋琢磨してほしいですね。」と微笑んだ。
日本には閉塞感があり、さまざまな課題がある。そうした中での国際協力には、どういった意義があるのか。山根先生は次のように考える。
「国際協力というと、JICAとか外務省といったようなイメージがありますが、自分たちの生活に根差す地域に貢献するということもまた大事で、そうした中にも国際協力という側面は見受けられると思うんです。
例えば、地方公務員になったり、小規模なお店を開いたりといった場合でも、グローバル社会と言われる現代では、国際的な感覚というのが非常に重要になってくる。これからはどんな仕事であろうと、国際的な公共マインドを兼ね備えた分析能力が求められる時代なわけで、そのための素養をIDECで学んでほしいと思います。
また、紛争地域からの留学生の場合には、自分が生きて考えて貢献できるという意識がものすごく強く、ある意味そのような強さを持たなくては生きていけないという過酷な環境があるのかもしれませんが、一般に日本はそこまでというわけではありません。
しかし、日本も少子高齢化や経済の停滞など閉塞感が漂い、これまでの社会システムが通用しなくなりつつある。そうした全体構造の中でも学生は安定を求める気持ちがすごく強い。本当は、今までと同じことをやり続けても、うまくいかないはずなんです。
だからこそ、とくに若い学生にはこれまで通用してきた「常識」を見直して物事を組み直す勇気というものをもって、世の中を切り拓いていって欲しいと思うんです。
国際協力についても、日本のODAの額も年々減ってきているけれども、急速なグローバル化と相互依存の深化の中にあっては、国際協力をしていかなければお互いの国々は立ち行かなくなる。世界が多極化する中で国際協力が衰退することは、国際秩序を不安定化する環境を生み出し、対立と紛争の原因を作りかねません。
イノベーションを起こそうと考える勇気のある学生をIDECでは歓迎します。都会の喧騒から離れて思いつくこともあると思います。周りに感謝しながらも、自己実現を図ろうとする気概をも持った学生とともに、私も一緒になって紛争と平和の問題を考えていきたいと思っています。そうした中でできることを創造していく人材に育ってくれることを期待しています。」。
山根 達郎 准教授
ヤマネ タツオ
平和共生コース 「平和と紛争研究(Peace and Conflict Research)」研究室 准教授
2005年に大阪大学大学院国際公共政策研究科で博士号(国際公共政策)取得。広島大学大学院国際協力研究科助教、その後、大阪大学未来戦略機構特任講師などを経て2013年より現職。その他、国際連合日本政府代表部専門調査員、特定非営利活動法人Association of Medical Doctors in Asia(AMDA)「スリランカ医療和平プロジェクト」現地統括、ヘルシンキ大学客員研究員などを歴任。